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筍の教訓

私は往々にして、〇か一〇〇か、で考えがちだ。

 

料理は好きなはずなのに、新年度が思った以上に忙しくて、最近全く料理に気持ちが向かず、納豆卵かけご飯とパクチーラーメンをひたすら食べて過ごしていた。家に帰ってもパタンキュー。時間があっても、ぼんやり過ごす。家に食材はあるし、この食材でこれを作ろう、とまで考えているのに野菜室を開ける気すら起きない。口内炎だらけになっても、だから何?くらいの荒み様だった。

 

そうこうしているうちに、春が半分終わっていた。筍は、毎年米ぬかを吹きこぼしながら灰汁を抜いて、それが自分の恒例行事だったのに。売っている筍を横目で見ては、気まずい思いを抱きながらスルーしていた。食べたいならば、素直に水煮を買えばよかったのに、どうしてもそれができなかった。なんだか悔しくて。灰汁抜きせざる者、食うべからず。なんだそりゃ。倉吉弁でいうと、「なんだいや」。

 

そんな矢先に、灰汁抜き済みの筍の水煮を大量にいただいた。大切な人からもらうものは、なんだか素直にいただける。そして、めちゃくちゃおいしかった。旬、だもの。素直に、とてもとてもおいしかった。

 

こだわりを、手放す。今の私の大きな課題だ。手放してみると、実はなんてことなかったりするのだけど、またうっすら鎧を着込み始めてしまっている最近の私にとって、とても難しい。でも、筍を食べながら、今年もおいしい旬の筍を食べられて本当に良かったと思った。「ひとりでできるという傲慢さを手放して、素直に人に頼ること」。そう産後のママに散々呼びかけながら、実は自分自身に一番欠けていることだと、コリコリ食べながら噛み締めた。

 

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