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ナイスアシスト

取り上げ婆に、誰がなるかという話。

とにかく最初は脇目も振らず、赤ちゃん一〇〇例取り上げなさい、と言われていた頃。思えば一例でも多くお産を取り上げたい、と必死で突き進んでいたように思う。春から新人さんが来て、昔の自分を思い出す。お産は、チームでやっている。点を取るだけがサッカーじゃない。あの頃は前のめりすぎてうまくのみこめなかった言葉が、今新人さんを見ていてようやく理解できてきた自分に気づく。歳をとることは、あながち悪いことでもない。

一年ほど前———朝から自分がじっくりつかせてもらっていた経産婦さんのお産。誘発分娩で陣痛促進剤を使っても、全然陣痛が来ず、これはまた明日仕切り直しかなと夜勤の人に申し送りをして交代した、実にその五分後に破水してぽろっと元気な赤ちゃんが生まれたことがあった。エーーーーッという感じ。さっきまで超余裕でまだまだだったのに。朝から私が足湯したり色々お話したりずっと関わってきたのに。とんびに油揚げをさらわれたような気持ちになってしまい、なんだか悔しくて涙があふれてきた。そのことを先輩に話したときに言われたのが、「お産はチームでやっている」ということば。ゴールは、「私がお産を取り上げる」ことではなく「赤ちゃんが元気に生まれてくる」こと。お母さんにとって、それが一番大切で、そのために私たちは自分に与えられた時間を精一杯過ごすのだと。

その時、自分が自分が、とばかり思っていた自分に、顔から火が出るほど恥ずかしくなったのと、でもやっぱり私が最後まで見届けたかったとなんとも整理できない感情が渦巻いたのを覚えている。そんなもやもやを抱えて一晩を過ごし、翌朝そのお母さんにお会いした時、「昨日は朝からずっとありがとうございました。あのあと早く生まれてきてくれて本当によかったです」と清々しい笑顔で言われ、ああそういうことか、とようやく納得できた。私が朝からじっくり関わったから、あのとき五分後に生まれてきた。のかもしれない。別に私がやってきたことが無駄になってはいないし、そうやって繋げていくのが私達の仕事。逆に、この人には安心して任せられない、と仲間に思われないようにすることが大切。サッカーでも、ゴールした人だけでなく、ナイスアシストした人もちゃんとみんな見ている。そうやってチームってできている。

新人さんが来てから、新人さんにお産を集めて自分が取り上げる機会は減ったけれど、それが今は心地よい。世代は、こうやってまわっていくのだなあ。立場が変わると、違ったものが見えてくる。だからこそ、時々巡ってくる自分が赤ちゃんを取り上げる機会がいつもより尊く思える。

独り身の気軽さで今は好きだけ残業できるけれど、家族が出来たらそうはいかない。子どものお迎えがあって、時間ぴったりに帰らなければならない時も、自分の与えられた時間を全うして、それを越えるようだったらどんなにあと少しでお産だろうが、後ろ髪を惹かれてもあとはお願い!とすっきりバトンタッチする。そうしたい。だからこそ、今しかできないぎゅっと濃縮した働き方を今私はしているし、その貴重さも改めて感じた。

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