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かすがい

頑なだったお母さんが、迷いに迷って決めた祖父母宅への里帰りを経て柔らかく変化していた。

「ひとりでいると全部自分でやらないとと思うし、世話になることは申し訳ないと思っていたけど、案外みんな赤ちゃんにどんどん構ってくれて、おじいちゃんにも来てくれてありがとうと言われた。こうしてみんなが赤ちゃんに関わってくれているのを見ると、この子にとってこれでよかったのかなと思った。」

聞いていて、ちょぴっと涙が出そうになった。そうなのだ。赤ちゃんて、可能性の塊というか、なんやわからんけど希望の匂いがぷんぷんして、生命力が漲っている。いくら今までの関係性が必ずしも良好でなかったとしても、終末期の老人にとって、そんな赤ちゃんと一緒に過ごすことはとても嬉しい幸せな時間。自分でやらないとと抱え込まずに、お願い助けて、が言えることがのたれ死なない一番の方法。

世話になる、借りを作る、ではなくみんなに赤ちゃんと接する機会を与えてくれてありがとう、なのだ。引っ張りだこで抱っこされている赤ちゃんを見て、少しの間安心して眠りについてほしい。

いらない意地は捨てて、周りを頼って時には身を委ねること。そして、ゆっくり休んで少し余裕がでてきたら、今度は自分にできることをしたらいい。「最初は余裕なかったけど、最後の方はおじいちゃんの愚痴を聞いてあげた」だなんて、立派に役に立っているじゃないか。こうやって、もちつもたれつしていくのが家族なのだなあ。

「おばあちゃんがおじいちゃんの言う事に言い返さず、ハイハイ聞いてあげていて、おばあちゃんすげえなあと思った」いちいちカチンとせずに、相手を立ててあげることもたまには必要だったりする。若いお母さんは、三倍も歳の離れた大先輩から夫婦の在り方を教わっていた。世代を超えた学びの機会。子はかすがいならぬ、ひ孫はかすがい。子どもはやっぱりみんなで育てるものだ。

人のことはよくよく見えるけれど、そうはいってもなかなか素直になれないのも家族。そんな家族関係のジレンマさえも飛び越えるのが妊娠出産だったりするし、それをえいやっと飛び越えられた人は、わりと健やかに過ごしているように感じる。自分への戒めもこめて、備忘録。

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