黒子の葛藤

出産を終えた産婦さんに、マッサージしながらお産の振り返りをする。肌に触れながら目線は合わせずに交わすことばのやりとりは緊張感から解放されるのか、思いもかけないことばが飛び出してきて、おもしろい。お産に一緒に立ち会っている人(主に夫や実母)の一言や、些細なふるまいに対し、そばで見ていて助産師として思うことは沢山ある。それがお産の進行に差し障ると判断した場合、角を立てないように相手に働きかけるのも私達助産師の仕事だと思っている。そのため、お産を終えた後に、あの時あの瞬間、産婦さん自身がどう感じていたか、何を考えていたか、を聞くことができる振り返りの時間は、私にとってとても興味深い時間なのである。答え合わせのような感じで奇想天外のことばにうーんと唸ったり、爆笑したりしてしまう。

こんなことがあった。なかなかお産が進まない産婦さんがいた。丸一日以上陣痛に苦しみながら、なかなか思うように進まない。産婦さん本人も、立ち会っている夫にも疲労感がにじむ。ふと見ると、一緒に立ち会っている実母さんが、そわそわしていた。聞けば、以前この病院でこの産婦さんの妹さんも出産されたらしく、その妹さんの出産はとてもスムーズだったという。「妹の時はこんなに時間はかからなかったのに」「妹の時は…」妹さんと比較して進みがゆっくりのお産に対して落ち着かない様子。お産は、一人一人みんな違う。同じ人の出産でも一回目と二回目、三回目は違うし、ましてや人と比べる物ではない。産婦さんを焦らせてはいけないと、「お産はみんな違うし、赤ちゃんもそれぞれ個性がありますからね」「出てくるタイミングは赤ちゃんが決めますからね」と、自分なりにフォローしたが、気が気でなかった。ようやく陣痛が強くなり、お産が進み始めたところで診察をするタイミングで、本人さんに確認した所、生まれる瞬間は夫と二人で、と言われたので実母さんには席を外してもらい、無事に四キロ弱の大きなお子さんが誕生した。

私は振り返りで、四十時間を越える長いお産の間の心境を聞いてみた。すると、思いもかけないことばが返ってきた。「母がすごく心配性で。隣ですごく心配して慌てている人がいると、案外自分は冷静になるもので、意外と落ち着いていられた。」なんと。ポーカーフェイスで本心は上手く読み取れなかったが、確かに焦ったりパニックになったりせずに、とにかく一回一回の陣痛と冷静に向き合っておられた。実母さんのことば一つ一つに目くじら立ててキーッとなっていたのは私の方で、本人には何の支障も来していなかったようだ。取り越し苦労、余計なお世話だ。そして、この産婦さんの寛大さ、懐の大きさ、どっしり感がとても格好いいなあと思った。きっと穏やかでゆったりした良いお母さんになるだろうなあ、と思った。

家族の関係は、その家族だけが知っている。今まで培ってきたもの、時間、その中で微妙なバランスの中成り立っているものなのだ。実際によそ者である私たちだからこそ見えるものがある場合もあるが、その家族の関係性を、黒子である助産師は丁寧に感じ取り、お産がスムーズに運ぶようにさりげなく上手に導く必要がある。そのさじ加減が、なんとも難しい。まだまだまだまだ修行が足りないと感じた、答え合わせの時間だった。